改札を抜けると、程なくして列車が到着した。減速し続ける列車の中をドアが開くまでその窓から眺める。目の前を流れてゆく埋め尽くされた座席とその頭上の吊革につかまる腕。不意に立っていた乗客は進行方向と反対側に引っ張られ、ドアが開く。何故だろう、私の乗り込んだドアの周辺だけ人がまばらである。つんと鼻をつく臭い。ドア際の手すり近くに立った私はドアが閉まったその時、その原因が何であるかに気づいた。
二メートル先に俯いて座る一人のフロウシャ。お世辞にも綺麗とはいえない身なりをした彼は、私の立つ手すりとは今さっき開いたドアを挟んで向かい側の、長椅子の端に座っていた。当然のように彼の隣の座席は空けられ、七人がけに一人と五人という座り方をしていた。彼に近い吊革はつかまれる事も無く、電車が走り出すとダンスするかのように揃って軽やかに揺れる。滑稽だ。彼に一番近い所で椅子に座るサラリーマン風の若者は、耳かけ式のヘッドホンをしたまましかめ面で下を向いていた。
進行方向とは逆に乗客が一瞬振られ、再びドアが開く。新たな乗客はぽっかりと空いたその場所の存在に、一度は怪訝な顔をして車内へと進むが、皆同じようにヘッドホンの男と同じ顔をして、出来る事なら一刻も早くこの空間から立ち去りたい、といった表情をした。汚いものには触れたくない。近づきたくない。彼の周りに居る乗客の心の奥にはきっとこういった言葉が隠されているに違いないのだ。私はそんな彼らの態度を見て腹を立て、それと同時に気づかされた。その瞬間までここに居た偽善者の自分。椅子の端に座る彼を私はいつの間にか見下し、哀れんでいた自分。他人を卑しいものとする事で自らを聖人君子に仕立て上げようとした自分。その行為に満足しかけた自分。哀れみを受けるのは彼でもその周囲の乗客でもなく、滑稽なことに自分自身、ただ一人であったのだ。